1月17日 あれから四半世紀

query_builder 2020/01/17
社長ブログ

1月17日は兵庫県民にとって忘れられない日だ。
もうあの大震災が25年前の出来事かと思うと、月日が経つのは本当に早く感じる。

ここ播磨町は神戸に比べると、被害は全然少なくて家の本棚やテレビ等が倒れる程度で済んだ所も多いと思う。

その当時 私は高校2年生で1月17日は修学旅行(スキー実習)で信州から列車で兵庫県に帰ってくる途中だった。

何かのトラブルなのか列車が遅れており、しばらく大阪駅で待機する事になり夜中に信州を出発し帰ってきた疲れもあり少し眠りについた。

間もなくして地鳴りの様な音と共に激しい揺れで列車内の全員が飛び起きた。

一瞬何が起きたか分からないまま相当長い時間揺れ続け、ホームで逃げ惑う人達の姿も車窓から見られた。

後ほど聞いて恐ろしかったのは、トラブルが無く列車が順調に進んでいれば地震が起きた時間帯は、ちょうど神戸を通過している最中だったという事だ。

遅れがなく列車が走っていれば、おそらく脱線して大事故に繋がっていただろうと考えると、少しのタイミングで命を落としていたかも知れない。

その時の経験から人の命はちょっとした事で左右されてしまうのだと思うようになった。

もう一つ忘れられない出来事がある。

震災から2年後、私は大学生になりアルバイトで新聞配達をしていた。
東加古川駅近くに出来た大規模な被災者向けの仮設住宅地が主な配達エリアだった。
配るのは朝刊のため、だいたい夜中の2時から5時半という時間帯のため、ほとんど仮設住宅に住んでいる方とは会う事がない。

ところがある日、こごえそうな寒い夜中に仮設住宅のあぜ道でひとり倒れている人を見つけた。

びっくりして話しかけると、どうやらお酒の飲みすぎで倒れていたらしい。
とりあえず住んでいる仮設住宅がすぐそこにあるという事なので支えながら部屋まで運んでいった。
部屋に着くと大丈夫そうだったので、仕事に戻ろうとするとちょっとだけ話し相手になってほしいと呼び止められた。
その方は仮設住宅で一人で暮らしており、深くは聞かなかったがおそらく震災で家族を失ったようだった。
少しでも今の現実を忘れたくて深酒してしまったようである。

帰り際に60代ぐらいに見えるその人が言った言葉が忘れられない。
「こんなほんまにしんどい毎日の中で兄ちゃんみたいな子に助けてもらって嬉しいわ」

おそらく震災前は家族もいて普段通りに生活をし、仮設住宅に住むような生活になるとは夢にも思わなかっただろう。

もしかしたら毎日が嫌になって自暴自棄になってしまっていたのかも知れない。

たとえ自分は命は失わなくても、大切な「ひと」や「もの」を失ってしまい生きていても辛いだけだと思う人がいても決しておかしくはないのだ。

震災の経験は人それぞれあり、その後の生活や考え方も様々だ。
「被災された方達に比べれば自分の経験なんて」と思う事もあるが、風化させないためには自分の経験した事を後世に伝える事が大事だとも思う。
まずは自分の子供に体験し感じた事を話してみようと思う。

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